最高裁判所第三小法廷 昭和49年(オ)583号 判決 1978年3月28日
上告人
中村定吉
被上告人
株式会社
東海銀行
右代表者
三宅重光
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由一について
原審の適法に確定したところによれば、被上告人と上告人との間に本件各定期預金債権につき被上告人の上告人に対する手形債権を含む一切の債権を被担保債権とする民法上の質権設定契約が成立した、というのであるから、被上告人が右定期預金債権につき別除権を行使することができるとした原審の判断は、正当である。論旨は、原審の認定に沿わない事実を主張して原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同二、五について
原審の適法に確定したところによれば、被上告人の手形買戻請求権の行使は上告人と被上告人との間の割引手形の買戻に関する約定に基づいてされたものであるというのであるから、これにより被上告人と上告人との間の取引契約ないし被上告人の上告人に対する債権を被担保債権とする担保契約の消滅を来すことはないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
同三、四について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人の上告人に対する一審判決別表(六)記載の相殺を有効とした原審の判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せず、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同六について
原判決が所論の担保差入証を公正証書としてではなく確定日付のある私署証書として証拠に供したものであることは、原判決の判示自体によつて明らかであり、本件定期預金債権についての質権設定契約を有効とした原審の認定判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同七について
割引手形の買戻請求権行使後の手形所持人である被上告人は、割引依頼人の買戻債務が発生しても現実に履行されるまでは同時履行の抗弁権によりその手形を保有することができ、現実に支払を受けるまでは手形の正当な所持人として手形上の一切の権利を行使することができるものであるから、手形振出人の被上告人に対する手形金の支払を当該振出人自身の債務の弁済であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(服部高顯 天野武一 江里口清雄 高辻正己 環昌一)
上告人の上告理由
一、手形割引担保契約は手形割引金弁済支払に対する保証契約であつて、手形割引依頼者である上告人はその保証人である。処で手形法によれば、手形保証人は手形面に手形債務を保証する旨の記載を為し、且署名することを条件としているので、右の如く別の用紙を用いて為す保証は民法上の保証であつて、このような保証は手形に関する限り無効である。従つて、手形割引担保契約によつて別除権の発生することはなく、原審の判決は誤りである。
二、次に、被上告人は上告人に対し、昭和三八年一月一一日を初め数回に亘り、未だ期限の到来しない手形までも含め全部の買戻しを請求したが、斯の如き請求は手形割引担保契約の消滅を図るもので、一般通念からも契約の解除通告であることは明かで、ドイツ民法にもこの点を指摘されてある。然ればこの時点で手形割引担保契約は解除され、民法上の別除権は消滅したものと解すべきで、この観点からも別除権はないものと考えるべきである。
三、又右同年一月一九日以降数回に、被上告人は上告人に対し相互に有する債務を対等額に於て相殺した旨の通告をしたが、上告人の債務の殆んどは未だ弁済期になく且相殺を為す場合は民法第五〇五条に規定されているとおり、債務が弁済期にあること及債務者である上告人の意思を確めることが必要条件であるに拘らず、独断でこれを実行したことは違法であり無効である。
四、而して被上告人は、別除権を有するから和議法によらず債務者である上告人の担保預金を優先取得すると主張するが、和議の場合の別除権の行使については破産の場合と異り、債務者が和議の開始によつてその財産の管理及び処分権を失うものでないから、別除権者は競売法その他の方法によつてその権利を行使する必要があるのに、別除権者である被上告人はそれを行つていない。被上告人は或いは相殺通告がそれであるというかも知れないが、前第三項に於て述べたとおり、民法第五〇五条の規定に基き、対等額に於て相殺する場合は弁済期の到来していること及債務者である上告人の意思を確める必要があるのに、之等の手順手続を踏まずして独断専行したことは民法に違背するもので、この点でも別除権の行使とはならない。
五、又被上告人は、手形の割引は手形の売買であると述べているが、被上告人銀行の作成した預金担保差入証の各条項には売買である旨の記載はない。仮りに手形割引が手形の売買であるとするならば、それは手形という有価証券とその対価との交換で、普通の物品売買の場合と同一に考える時、同時履行の完結によつて契約は解消することとなる。処で手形の場合は尚瑕疵担保責任が割引依頼人である上告人側に残ることとなり、あくまで手形法による処理を必要とされる。即ち、債務者である上告人は、裏書人として、又割引依頼人として当然に手形割引人である被上告人から遡求を受けることとなり、従つてそこには買戻請求権が生ずるので、買戻請求権の行使は契約の解除通告となるのである。従つて仮りに質権の別除権があつたとしても、売買の契約が解除されればその時点で別除権は消滅する。被上告人は更に、買戻請求権の行使によつて契約が解除されても、それは手形割引契約の解除であつて、取引契約全体ではないから、別除権が消滅することはないと主張するけれども、手形割引契約以外に何の契約が存在するというのか。
六、被上告人銀行の手形割引契約である預金担保差入証には、公証人の認承のスタンプが押印されているが、この公証人の認承は公証人法第五八条の規定に基いてその手続が行われたものでないので、この契約は、公正証書としての効力を有しない。
七、被上告人は第三者の商業手形については上告人が支払つたものではなく第三者が支払つたものであると主張するけれ共、被上告人と第三者とは直接何の取引もなく、被上告人との間の債権債務は凡て二者間の取引による債権債務であることを認めているから、被上告人の言い分は誤りである。
八、以上被上告人の主張は矛盾と誤りの構成であるのに原判決は被上告人の主張を容認したのは違法であつて破棄されるべきものである。